2010年7月21日水曜日

ベストセラー

ベストセラー                    2009.10.14


今年出版された、村上春樹の新作「1Q84」は、行列ができるほどの人気で、平積みの本があっという間に売り切れたという。私は、これまで村上春樹の本は一度も読んだことがなかった。1987年に出版された「ノルウエーの森」は、786万部も売れた超ベストセラーだが、その頃は全く興味もなかった。

ところが、2009年2月15日 イスラエルの最高文学賞であるエルサレム賞が、村上春樹に贈られ、エルサレムで受賞のスピーチを行った。

 そのスピーチの中で「高くて、固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵側に立つ」といった。イスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの攻撃に対する批判である。彼はそのことを伝えるために、授賞式出席に反対する多くの人の意見(警告)を押し切ってここに来たと述べた。

 この時初めて、村上春樹という作家に興味を持った。それから「ノルウエーの森」「海辺のカフカ」「1Q84」、「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」と続けて読んだ。

彼は先のスピーチで「小説家は、上手な嘘をつく、いってみれば、作り話を現実にすることによって、小説家は真実を暴き、新たな光でそれを照らすことができるのです。多くの場合、真実の本来の姿を把握し、正確に表現することは事実上不可能です。だからこそ、私たちは真実を隠れた場所からおびき出し、架空の場所へと運び、小説の形に置き換えるのです。しかしながら、これを成功させるには、私たちの中のどこに真実が存在するのかを明確にしなければなりません。このことは、よい嘘をでっち上げるのに必要な資質なのです。」と表現している。

 確かに、彼の作品は「人間の醜悪さ、弱さを暴露し、同時に生き様」をモチーフにして架空の物語を紡いでいる。現実と非現実の中でさ迷うような不思議な感覚に、つい引き込まれていく、SF小説のような独特のストーリー展開がある。

ただ、複数の作品に共通する女性に対する視点が、どこかコンピュータ上のアバターのような、主人公(男)にとって都合の良い設定となっており、違和感を覚えるが、むしろその点が現代の若者に受け入れられたとも言える。

しかしながら女性読者の感想はどうなのか、気になるところである。

また、エルサレム賞が「社会における個人の自由を表現した著作の筆者に贈られるもの」という概念ではあるが、イスラエル社会の複雑な背景を考えると、賞のもつ政治的な臭いを感じるのは、私だけではないようだ。

これまでエルサレム賞の存在すら知らなかった日本人が、大々的にニュースで取り上げられ、またノーベル文学賞の候補リストに名を連ねたことは、「私は卵側・・・」のスピーチ内容はともかく、新刊発行した「1Q84」の驚異的な販売数に貢献したことは間違いない。日本人があまり本を読まなくなって久しいが、出版業者による起死回生の作為的な戦略があったのではないかと疑いたくなる。

商業的戦略や政治的戦略で、マスコミを利用し人心をコントロールすることは当たり前のように行われているが、我々は冷徹な眼でマスメディアが発信する情報の本質を、読み取らなければならない。「1Q84」のベストセラーぶりをみると、その戦略に私も完全に乗ってしまったのかもしれない。

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